公園 待ち合わせ/広島友好

アンケート

◆劇団どろ「どろんこ塾」卒業公演でした。高校生役のあかりさん(第14期生)は好演。お母さん役の立見さんは、若いのに落ち着いた演技で違和感なくみてしまいました。

 14年前神戸で起きた連続児童殺傷事件をモチーフにした作品ということで、開演前から少しざわざわとした気持ちになっていました。開演前の30分、クラシック曲のピアノ演奏(演奏は立見さん)が心地よく、落ちついて緊張あるお芝居へと入っていくことができました。

 当時の新聞記事・少年の取調べでの発言が朗読でながれる演出は、より現実的な印象を受けました。特異な事件として葬ることなく、人間が誰でも持つ心の闇のことを考える機会になったと思います。(Hさん 親子劇場ニュースより)

 

事件の現場となった中学校に当時息子が入学したばかりでショックな事件でした。警察だったか新聞だったか忘れたけれど、当時マスコミでも取り上げられたあの手紙も久しぶりに聞いて、あのA少年がどんな気持ちで書いたのか考えました。そして改めてどうしてあんなことをしたのか考えました。A少年が万引きをしたという本やもCOOPリビングも今はなく、あの地域も高齢タウンにまっしぐら。高齢率46%の町だとか?時間ばかりが経って何かわからない事件でした。(60代女性)

  

かなり難しいお芝居でしたが、よかったと思います。また、見に来たいと思います。(女性)

 

大変興味深い劇でした。あの事件の両親も私も同じところがあるようで心痛みます。子どもを持つ親、子どもを育てること、幸せな面も多々あるのですが、それ以上に深いものを夫々が持っているように思いました。皆さん適役でした。初々しい方もあり、中島さんウフフフです。(60代)

 

少年の作り上げた論理、世界に引き込まれそうになり、怖さを感じました。誰の中にもある闇だと思いました。(40代男性)

 

夫に連れられてやって来きました。皆様の熱演に感動しました。(40代女性)

 

早いものですね15年。色々と考えさせられる公演でした。また見たいと思います。頑張ってください。(60代男性)

 

15年前というと、ちょうど働き始め頃に震災がおこり,その後に神戸の恐ろしい事件。住んでる隣地区?近所?まさか神戸でなんて想像も。(思い出しただけで)とても怖いです。きっと、事件を起こした少年は、自分の居場所、友達がいなくてさびしかったのではと感じています。このような事件が起きないことを願うばかりです。あかりさん若いパワーでこれからも頑張って下さいネ。

<ピアノ演奏>きらきら星の変奏曲ですね。途中、違う曲ひいていたのかな?私には「赤い靴~」の曲に聞こえましたが(30代女性)

 

社会の矛盾を描き出していましたね。(20代男性)

 

面白かったです。時間的な都合もあると思いますが、ベンチのシーンを3回(ループ)にするとひきこみやすいのでは?(30代男性)

 

ベンチがあってよかった。100点です。

 

考えなければならないことがいっぱいですね。よかったです。(女性)

 

非常に書きづらい。途中で息苦しくなった。でも知りたかったし、見なければと思った。そのような行動は理解できるかもしれない。結局は認められない。孤独がそうさせるのではないか。殺人を快楽にしてしまったのか。子どもを育てるのは非常に難しい。個人的に女の子の母親を知っている知人がいて、その後、その母親はあちこち講演をして廻り、多分ガンで亡くなったと

 

◆家族を信じきれるか否か、いや、否とかないんでしょうが、ちょうど先日考えさせられることが起こったところだったので驚きました。ありがとうございました。ピアノ、めっちゃよかったです!!LOVE!(20代女性)

 

◆女1の演技が良かったです。あと、少年Aの声もよかった。

 

◆こんなに近くで見るのは初めてでしたので良かったです。(40代男性)

 

◆センセイショナルな事件。両親の苦悩(?)我が事のように見ました。女親の難しい表情、上手でしたね。ありがとうございます。

 

◆もう少し深く追及してほしかった。少し物足りないような気がした。

 

◆15年間何をしてきたのか。もう一度考えるきっかけになりました。熱演を観せて頂き、ありがとうございました。

 

◆今回、北さんからお誘いを受けて人生で初めての舞台を拝見しました。内容も私にとって身近な事件でしたので非常にリアルに感じました。私も2人の息子を育てる父親として、考えさせられるシーンが沢山ありました。家族、夫婦、子育て、そして仕事との両立等、今後の私自身の生き方に大きくプラスになった気がします。スタッフの皆様、そして北 勝成さん本当にお疲れ様でした。(40代男性)

 

◆絶えずどろの芝居や朗読劇から問題を投げかけられてきましたが、今回は、とりわけ痛みが伴います。一晩考えてみましたが、私は所詮どの側にも立つことはできない人間だと思い至ります。全くの当事者でなければ分からない本当の苦しみ。少年Aにも、その両親にも、被害者の親にも。もしもその立場だったらと想像できるのは、ほんの表面のことでしかありませんから。

ピアノ演奏の「子どもの情景」を聴きながら、生き生きした子どもの姿が浮かびます。どの子にもこんな時があったことが、いとおしくてなりません。少年にも被害者のあの子にも。(60代女性)

 

15年前のことに思いが浸り、また深く沈み込みます。強い衝撃を覚えます。あれは一体何だったのか、どんなことだったのか。私には未だ分からない部分が多く、消化不良で腹につかえたままに残っています。……当時、メディアで騒がれるのを意識的に遠ざけたこともあり、全容は把握していませんが。特殊な事例、普通のこどもとは別の世界に生きるこどもとして受け止められることがあるようです。……「あのような星のもとに生まれたこども」と言われる人もあります。私には特別の子どもとも思えません。余り遠くない、近しい存在に感じる部分があります。小学生の頃こんなことがあった。山すそに中くらいの子猫がいる。石を投げつけると逃げるが、余り逃げない。くぼみにひそんでいる。逃げてくれ!」という思いの一方、「なんで…!」また石を投げつけると動かなくなった。怖くて震え、もう見ないで一目散に逃げた。なぜこんなことになったのか、未だに分からない。

ごく普通の道を歩みながらふとしたことから別の道を歩みだしたように思えてなりません。それは私の子どもであったかも知れず、私自身であったかも知れません。刃物で傷つけることはなくても、他の方法、言葉で傷つけていることもあります。人間の世界にはあのような事例の起こる下地は広くあります。形は異なっても同質のものもよく見ます。本質的には容易に解決できない、できにくい社会でしょう。この劇は短いが、鋭く要を伝え、見るものをしばしその世界に引き込む。いいものを視せてもらいました。(70代男性)